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  • Ryotaro Fujita

大峰を経て

最終更新: 5月2日





ぼくは自然が好きで、山によく登る。

人が少なくて、緑と水の気配が濃い場所が好きだ。


奈良の紀伊山地には、そんな自然がある。

奈良県天川村。


ここは、紀伊山地の水脈の源流が流れ出る地だ。


その水は、この地の森を奥深くに入ったところにある

大峰山から流れ出ている。


平安時代、古くに修験の地として拓かれた。

大峰山の麓にあるのは、洞川温泉という郷だ。


この山に初めて登ったとき、一面の霧が立ち込めていた。


そこで、何か大きな存在の胎内にいて、

外界と今いる場所は、全く違う世界で、

自分の中で何か大事な変身が起こっている

そんな気持ちだった。


霧の山は気持ちがいい。


霧や雨だと、景色が楽しめないなんて人は、

きっとちゃんと山に登ったことがないんだと思う。


もちろん、雨が降ったりすると、危険は増す。


滑落や、山の地面が崩れることもある。


大峰山(大峰は山系の名前なので、正確には山上ヶ岳だ)は、

常に崩落して修復中の箇所があり手放しに安心できる山ではない。


でも、晴れた山でもそれは同じだ。

ちょっと確率が上がるに過ぎない。


人間は死ぬときにだけ、死ぬ。


また、山岳愛好家にとって、

霧は警戒の対象だ。

いつ突然に、天候が変化してもおかしくないからだ。


1000mを超える山だと、雷雲が立ちこめることもある。

そんなとき、ゴロゴロと低く唸るそれは、

頭のすぐ上から音を投げ込んでくるように感じる。

ぼくは山が好きでよく登る。

装備も一通り揃える。


でも、こうした危険には無頓着だ。

明らかに危険な時には登らない。


一般的に危険と言われているコンディションでも、

自分が直感的に大丈夫だと思えれば登る。


その辺の感覚は鋭いと思う。

ダメだったら引き返せばいいのだ。


せっかく登るなら、どんな天候も楽しみたい。

小雨が降る山上ヶ岳を、左手に傘をさしながら登ったこともある。


シーズン終わりの平日で、数人としかすれ違わなかった。


両手を使えるようにしておくのが、登山の基本だ。


転んだ時に体を守るためだが、

そのときは濡れたくなかった。


体はなるべく乾かしておきたい。


濡れると寒いし、何より不快だ。


大峰山は修験の地で、山頂には、


金剛寺が鎮座している。

年配の修行者でも登れるように、歴史を通じて、


道はある程度整備されてきた。


片手がふさがっても、足取りに気を配れば問題はない。

ぼくは、この霧の中を登っていく。



●印象に残った初大峰


一番印象に残っているのは、最初に大峰山に登ったときだ。

2016年11月。


関西を回ったひとり旅の終盤に訪れた。


実はこの時期は、大峰は閉山する。


僕は閉山しているにも関わらず登ってしまったのだ。


とはいえ、閉山の理由は

「これから冬に向かいます。山小屋も閉まるから危ないですよ」

というものだ。


11月程度なら、晴れて入れば気持ち良く登れる。

むしろ、半袖で登ってちょうどよくなるくらいの気温だ。


閉山中の山は気持ちが良かった。

何しろ、自分一人で、この辺一帯の山を占有しているのだ。


山に自分一人しかいないと思うと、

不思議と安らかな気分になれた。



大峰の山上ヶ岳


ここの頂上付近に、大きな岩場がある。

鎖を伝って、山の上に突き出た岩の上に登ることができた。


空の向こうが見渡せ

遠くで入道雲が形を変えているのが見える。


そこは地表とは違う国。


天上の世界だった。


そこで食べたご飯はおいしかった。



●記憶は混ざる


大峰山に3回登って

晴れも、雨も、霧も経験した。


当時の写真をレタッチして仕上げ、

一つのテーマのもとにまとめていく。


すると、時期も年も違う3回の登山の記憶が

ごちゃごちゃと混ざっていく。


こうして、人の記憶は変わっていくんだと思う。


記憶を思い起こすことは、

その時に一番都合がいいと感じるものを引っ張り出してくることだ。


楽しいから、楽しい記憶を引っ張り出す。

悲しいから、悲しい記憶を引っ張り出す。


人間には、今感じていることを拡大させたい欲求があるらしい。


破壊的な気分の時には、「破壊すべき嫌な記憶」が思い起こされる。



でも、思い出していくと、その記憶はどんどん変わっていくように思える。


どこか色あせて、刺激が減る。


楽しい記憶も、悲しい記憶も、怒りに満ちた記憶も、

感情が抜け落ちて、冷静に見ることができるようになる。


記憶の情景はセピアやモノクロで表現されるイメージがある。

この印象はきっと正しい。


ぼくは、嫌な記憶を思い出しても、それを止めようとはしない。


自分がその瞬間、感じていることは真実だ。

それを止めてしまうと、自分の中の流れをせき止めてしまう。


それに、どんな感情も何か創作するきっかけになる。


ぼくが表現したいことには、今までの体験のリアルな質感が必要だ。

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