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  • Ryotaro Fujita

アーティストとして生きるには?



アーティストは、つかみどころがないように思われる。


でも、それは一面にすぎない。


ぼくが感じているアーティストの実態を描いていきたい。



人間突き詰めると、みんなアーティストだ。

アーティスト=表現者



誰だって、生きてたら自分の主張をする。

それは他人にはない自分の価値観をメッセージとして伝えることだ。


じゃあ、肩書きとしてアーティストをやっている人間と、

それ以外の人間の違いはなんだろう。


ぼくは、その人が、「自分はアーティストである」を考えて、

そう生きようとしているかどうかだと思う。


その姿勢が、創造へと人を駆り立てる。



キーワードは【生命力】だ。

生命力を練るために、日々、自分らしくない行動や発信は切り捨てて行く。



●行動


自分の価値観から考えた

「アーティストらしくない」行動は捨て

「アーティストらしい」行動だけをする。


これがアーティスト流のブランディングだ。



●発信


自分が「名実ともにアーティスト」として生きようとしたら、

どうしても、作品を作って、それを発信していかなければいけない。


「ガンジス川のほとりで、ただ毎日川を眺めている」

これも一つのアート表現だと個人的には思う。


でも、そこで得た気づきを周囲に発信してこそ「アーティスト」だ。

だから、アーティストと発信活動は切ってもきれない。



●生命力


アーティストでいるためには、生命力が必要だ。



ここで、小説の中のアーティスト像を例にとる。



百田尚樹の『プリズム』多重人格障害を題材にした小説だ。

多重人格の男がメインキャラクターとなるのだが、彼には、いろいろな人格がある。

その中には、画家を名乗る人格もいる。

彼は奔放な性格で、大きな屋敷の離れに住んで日々絵を描いている。



百田尚樹は言わずと知れたベストセラー作家だが、彼の本が売れるのは、

日常の中に異世界感を潜ませているからだ。


日常がベースにあるから共感しやすい。

共感が「買い」を生む。


上に挙げた例は、世間がもっている典型的なアーティスト像じゃないかとおもう。


アーティストは、自由奔放で、つかみどころがない。

アーティストは、とっつきづらい。

アーティストは、前衛的だ。


もはや最後は「前衛的」という謎のワードを使ってしまったが、

だいたいこんなところじゃないかと思う。


ようは「理解できない」のだ。

普通の人は、アーティストをちょっと異質なものとして感じているんじゃないか。


これは、アーティストが、自分の感情や欲求に素直すぎるからだ。



絵を描くのは正直準備が面倒だ。


ぼくは2階に部屋があるのだが、

1階の洗面所まで、筆を洗う水を汲みにいかないといけないし、

終わったら終わったで、筆を洗わないといけない。

その前に散らかった机を片付ける必要もある。

「このイメージを描きたい」という強い欲求がなければ、

決して筆に絵の具をつけるまでいかない。



写真の場合は少し楽だが、

重いカメラを持ち歩き、

いちいち道で止まって、シャッターを切らないといけない。

帰ったらパソコンを開いてレタッチする。

正直色々面倒くさい。



アーティストとして創作するにはこの「面倒くさい」を超えていかないといけない。


「面倒くさい」を越えるための欲求を日々、育てないといけないのだ。


それは、とても生命力に溢れていないとできない。

日々の様々なことに悩殺されていては、

何もつくれない。


実際ぼくも、金策に困った時に、精神が参ってしまって

ベッドで半日ずっと寝ていたことがあった。

起き上がるパワーが湧いてこないのだ。


気を紛らわせようとレタッチをしていても、

なんだかシャキッとしたものがつくれない。

生命力とともに、創造力も落としてきてしまったようだ。


アーティストにとっては、生命力が文字通り命だ。



自分を抑え込んでいるとストレスがたまる。

だから、言いたいことは言ったほうがいいし、


やりたいことはやったほうがいい。


じゃないと創作までたどり着けない。


ぼくたちが我慢できないのは、

性分だけれど


「偉大なものをつくるため」という大義名分もあるのだ。

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